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脳科学研究科学生 吉田知史さん(神経膜分子機能部門)の論文がiScience誌に掲載されました

'23年5月18日 更新

可溶性タンパク質がシナプス小胞クラスター内に集積する仕組みを発見


運動や記憶を司る私たちの脳では、神経細胞相互の情報伝達が必要不可欠であり、情報伝達はシナプスと呼ばれる細胞接着部位でシナプス小胞を利用して行われています。シナプス小胞は直径40 nm程度の脂質膜で覆われた袋状の構造体で、グルタミン酸やGABA(γ-アミノ酪酸)などの神経伝達物質を内腔に貯蔵しており、神経細胞が興奮するとシナプス小胞が形質膜に融合し(エキソサイトーシス)、神経伝達物質が放出されます。神経伝達物質を放出し終わったシナプス小胞は次の伝達に備えて再回収(エンドサイトーシス)され、神経伝達物質を再充填し、再利用されます。この一連の過程をシナプス小胞のリサイクリングと呼び、持続的な神経伝達を行うために必要不可欠な機構です。この機構を維持するために、シナプスでは頻発する神経伝達に備えてシナプス小胞がクラスター化し、さらにシナプス小胞のリサイクリングに必要とされる多種類の可溶性タンパク質がクラスター内に集積していることが知られていました。しかし、なぜこのように厳密に組織化された構造体を細胞内で生み出すことができるのか?という疑問に対する明確な答えは存在していませんでした。近年、液-液相分離によって形成されるタンパク質の液滴が細胞内において様々なタンパク質や膜小胞が局所に区画化されるための物理化学的基盤であることが相次いで発見され、今回我々が注目したシナプスにおいてもSynapsinというタンパク質の液滴がシナプス小胞をクラスター化に寄与しているといった研究が報告されていました。

本研究では、「シナプス小胞のクラスター内にシナプス小胞のリサイクリングに必要なタンパク質がなぜ集積できるのか?」という疑問をもとに研究を開始し、その分子基盤の一端を明らかにしました。まず、大腸菌のタンパク質発現系を用いて、そこから精製したタンパク質を用いて実験をおこなった結果、シナプス小胞のエンドサイトーシスに関わるタンパク質の1つであるEndophilin A1が単独で液-液相分離を起こすことが分かりました(図1)。また、培養細胞内でシナプス小胞クラスターを人工的に形成させる実験系を用いたり、シナプス内のタンパク質をライブイメージングや超解像イメージングにより可視化した結果、Endophilin A1は自身が液滴を形成する性質とsynapsinと相互作用する性質を利用して、シナプス小胞クラスター内に複数のエンドサイトーシス関連タンパク質を集積、区画化する性質を持つことを明らかにしました(図2、3)。さらに、EndophilinA1の液滴はsynapsinの液滴と協働し、神経活動依存的に小胞クラスター内に区画化していたタンパク質を拡散、再集積することによってシナプス小胞のリサイクリングが時空間的に厳格かつ効率的に達成できるような手助けをしている可能性を提唱しました(図4、5)。本研究によって得られた知見は脳内の情報伝達処理の仕組みを分子レベルで理解ための一助となることが期待されます。

本論文は、脳科学研究科・神経膜分子機能部門(高森茂雄教授)の大学院生・吉田知史さんが中心になって行い、平林祐介先生(東大・工)、廣瀬謙造・坂本寛和先生(東大・医)との共同研究で得た研究成果です。


【論文情報】

論文タイトル: Compartmentalization of soluble endocytic proteins in synaptic vesicle clusters by phase separation
著者: Tomofumi Yoshida, Koh-ichiro Takenaka, Hirokazu Sakamoto, Yusuke Kojima, Takumi Sakano, Koyo Shibayama, Koki Nakamura, Kyoko Hanawa-Suetsugu, Yasunori Mori, Yusuke Hirabayashi, Kenzo Hirose, and Shigeo Takamori

DOI:

論文内容の図
論文内容の図
論文内容の図
論文内容の図
論文内容の図

可溶性タンパク質がシナプス小胞クラスター内に集積する仕組みを発見


運動や記憶を司る私たちの脳では、神経細胞相互の情報伝達が必要不可欠であり、情報伝達はシナプスと呼ばれる細胞接着部位でシナプス小胞を利用して行われています。シナプス小胞は直径40 nm程度の脂質膜で覆われた袋状の構造体で、グルタミン酸やGABA(γ-アミノ酪酸)などの神経伝達物質を内腔に貯蔵しており、神経細胞が興奮するとシナプス小胞が形質膜に融合し(エキソサイトーシス)、神経伝達物質が放出されます。神経伝達物質を放出し終わったシナプス小胞は次の伝達に備えて再回収(エンドサイトーシス)され、神経伝達物質を再充填し、再利用されます。この一連の過程をシナプス小胞のリサイクリングと呼び、持続的な神経伝達を行うために必要不可欠な機構です。この機構を維持するために、シナプスでは頻発する神経伝達に備えてシナプス小胞がクラスター化し、さらにシナプス小胞のリサイクリングに必要とされる多種類の可溶性タンパク質がクラスター内に集積していることが知られていました。しかし、なぜこのように厳密に組織化された構造体を細胞内で生み出すことができるのか?という疑問に対する明確な答えは存在していませんでした。近年、液-液相分離によって形成されるタンパク質の液滴が細胞内において様々なタンパク質や膜小胞が局所に区画化されるための物理化学的基盤であることが相次いで発見され、今回我々が注目したシナプスにおいてもSynapsinというタンパク質の液滴がシナプス小胞をクラスター化に寄与しているといった研究が報告されていました。

本研究では、「シナプス小胞のクラスター内にシナプス小胞のリサイクリングに必要なタンパク質がなぜ集積できるのか?」という疑問をもとに研究を開始し、その分子基盤の一端を明らかにしました。まず、大腸菌のタンパク質発現系を用いて、そこから精製したタンパク質を用いて実験をおこなった結果、シナプス小胞のエンドサイトーシスに関わるタンパク質の1つであるEndophilin A1が単独で液-液相分離を起こすことが分かりました(図1)。また、培養細胞内でシナプス小胞クラスターを人工的に形成させる実験系を用いたり、シナプス内のタンパク質をライブイメージングや超解像イメージングにより可視化した結果、Endophilin A1は自身が液滴を形成する性質とsynapsinと相互作用する性質を利用して、シナプス小胞クラスター内に複数のエンドサイトーシス関連タンパク質を集積、区画化する性質を持つことを明らかにしました(図2、3)。さらに、EndophilinA1の液滴はsynapsinの液滴と協働し、神経活動依存的に小胞クラスター内に区画化していたタンパク質を拡散、再集積することによってシナプス小胞のリサイクリングが時空間的に厳格かつ効率的に達成できるような手助けをしている可能性を提唱しました(図4、5)。本研究によって得られた知見は脳内の情報伝達処理の仕組みを分子レベルで理解ための一助となることが期待されます。

本論文は、脳科学研究科・神経膜分子機能部門(高森茂雄教授)の大学院生・吉田知史さんが中心になって行い、平林祐介先生(東大・工)、廣瀬謙造・坂本寛和先生(東大・医)との共同研究で得た研究成果です。


【論文情報】

論文タイトル: Compartmentalization of soluble endocytic proteins in synaptic vesicle clusters by phase separation
著者: Tomofumi Yoshida, Koh-ichiro Takenaka, Hirokazu Sakamoto, Yusuke Kojima, Takumi Sakano, Koyo Shibayama, Koki Nakamura, Kyoko Hanawa-Suetsugu, Yasunori Mori, Yusuke Hirabayashi, Kenzo Hirose, and Shigeo Takamori

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